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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)2053号 判決

原告

六車忍

被告

光自動車販売株式会社

ほか一名

主文

一  被告垣添晴美は原告に対し、金一七九万八九九七円及びこれに対する昭和五〇年二月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告垣添晴美に対するその余の請求及び被告光自動車販売株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告垣添晴美との間に生じたものはこれを一〇分し、その三を同被告の、その余を原告の負担とし、原告と被告光自動車販売株式会社との間に生じたものはこれを原告の負担とする。

四  本判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金六八九万五一六五円及びこれに対する昭和五〇年二月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五〇年二月一二日午前一〇時三〇分頃

(二) 場所 愛知県岡崎市戸崎町字一丁目一八番地先路上

(三) 加害車 被告垣添運転の普通乗用自動車(三河五五み三二七四号、以下被告車という)

(四) 被害車 原告運転の普通乗用自動車(三河五五ら三〇五七号、以上原告車という)

(五) 事故の態様 原告は原告車を運転して前記場所の交差点を北進しようとした際、右交差点を東進してきた被告車が原告車に衝突した。

(六) 原告の受けた傷害 頭部、頸部挫傷、脳震盪症、頸骨動脈循環障害

2  帰責事由

被告垣添は前記交差点前に一時停止の標識があるのに、一時停止せず、左右の安全をも確認しないで慢然と進行した過失により原告車に衝突したものであるから民法七〇九条により、また、被告会社は被告車を自己のために運行の用に供していたものであり、且被告垣添は被告会社の従業員であり、しかも本件事故は被告会社の業務執行中に生じたものであるから、自賠法三条ないしは民法七一五条により、それぞれ原告の被つた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 治療費 九八万二一六五円

イ 原告は昭和五〇年二月一三日小松病院において通院治療を受け、同月一四日から同年三月一一日まで大島病院に入院し、同月一二日から同年六月末日まで同病院において通院治療を受け、右治療費として合計八万九四一五円を要した。

ロ さらに、原告は昭和五〇年六月一二日から昭和五一年七月二六日まで前津神経科診療所において通院治療を受け、右治療費として八九万二七五〇円を要した。

(二) 入院雑費 一万三〇〇〇円

前記入院中の諸雑費 一日五〇〇円の割合による二六日分 一万三〇〇〇円

(三) 休業損害 五〇〇万円

原告は本件事故当時ふく観光センターでトルコ嬢として働き、一日当り一万五七〇〇円以上の収入を得ていたが、本件事故により昭和五〇年二月一二日から昭和五一年三月三一日まで四一三日間休業した(但し、この期間中一五日間働いたが、疾病中にて可働能力は通常時の約六割程度で一五万七〇〇〇円の収入を得た)。右休業損害は差引き六三二万七一〇〇円であるが、本訴においては内金五〇〇万円を請求する。

(四) 慰藉料 九〇万円

原告の前記入、通院の事実に照らして、原告が本件事故によつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては九〇万円をもつて相当とする。

4  よつて、原告は被告らに対し、本件事故に基づく損害賠償の内金として、金六八九万五一六五円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五〇年二月一三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中(六)の事実は否認し、その余は認める。

2  同2の事実中、被告垣添が左右の安全確認を怠つたことは認めるが、その余は否認する。すなわち、被告車は被告会社の保有するものではなく、右車両は被告会社が昭和四七年一〇月一〇日頃被告垣添の夫である訴外垣添憲司に売却したが、同訴外人において車庫証明が取れないため、登録名義のみが被告会社に残つていたものにすぎない。

3  同3の事実中、原告がトルコ嬢として働いていたことは認めるが、その余は知らない。なお、原告がむち打ち損傷を受けた可能性は極めて少なく、仮にしからずとしても、昭和五〇年四月中旬頃には治ゆし、勤務しえたものである。

三  抗弁

被告垣添は本件交差点の若干手前で一時停止したため、左右の安全確認が十分できなかつたが、本件交差点は左右の見とおしのきかない交差点であるから、原告は右交差点前で徐行すべきであつた。しかるに原告はこれを怠つたのであるから、原告にも過失がある。

四  抗弁に対する認容

本件交差点が見とおしのきかない交差点であることは認めるが、原告に過失があつたとの点は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実中原告の受けた傷害の点を除くその余の事実及び本件事故現場付近が見とおしのきかない交差点であること、被告垣添が左右の安全を十分確認しなかつたことについては、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立に争いのない乙第五ないし第八号証、第一〇号証、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は南北に走る道路と東西に走る道路との交差点内であり、南北に走る道路の内交差点の南は幅員三・八メートル、北は幅員四・五メートル、東西に走る道路の内交差点の東は幅員四・四メートル、西は幅員三・四メートルで、右東西道路の交差点前には一時停止の道路標識が設置され、付近の道路は毎時二〇キロメートルの速度制限がなされている。

2  原告は原告車を時速約二〇キロメートルで運転して右南北道路を南から北に向つて走行し、右交差点の西南隅は人家のため左方である西側道路に対する見とおしが悪いため、本件交差点付近から時速一〇キロメートルに減速し、徐行しながら進行していた。

3  一方、被告垣添は被告車を運転して右東西道路を西から東に向つて走行し、交差点前において、一時停止の道路標識に従つて交差点の手前で停止したものの、右停止地点が交差点の若干手前であつたため、自己の右側(南側)から進行してくる原告車を十分確認しないまま進行する結果となり、これがために右交差点内の東北隅付近で自車の前部を原告車の左側面に衝突せしめ、よつて原告に対し頭部、頸部挫傷、脳震盪症、頸骨動脈循環障害等の傷害を負わせた。

以上の事実を認めることができ、原告本人の供述中右認定に反する部分は前掲証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、被告垣添に過失があることは明らかであるから、同被告は本件事故によつて原告の被つた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

被告らは、本件事故は交差点内における出合いがしらの事故であつて、原告にも徐行義務違反の過失がある旨主張するけれども、原告が徐行運転していたことは前記のとおりであり、なお、右認定の事実によれば、本件交差点の南西隅には人家があつて、原告車進行の南から交差点に入る車も、また被告車進行の西から交差点に入る車もお互に見とおしが悪いうえに、道路幅からみても、それぞれ自動車の前部を若干交差点に入れないことには、双方の確認が困難であることが窺われるところ、被告車進行の道路には一時停止の標識があること、また衝突の態様からみても、原告に他に過失があつたものということはできないので、被告の右主張は採用することができない。

二  次に、被告会社の責任につき検討する。

原告は、被告会社は被告車の運行供用者であり、また被告垣添は被告会社の従業員であつて、本件は被告会社の業務執行中の事故である旨主張するけれどもこれを確認するに足る証拠はなく、却つて被告会社代表者中川広次の供述により真正に成立したものと認める乙第一号証、証人垣添憲司の証言、右被告会社代表者、被告本人垣添晴美の各尋問の結果を総合すると、被告車は被告垣添の夫である訴外垣添憲司が昭和四七年一〇月一〇日頃同訴外人の勤務先で自動車修理業を営む被告会社から自己の通勤用に三〇万円にて購入したものであり、ただ右訴外人方の住居の関係上車庫証明がとれなかつたので登録名義のみ被告会社のままとなつていたにすぎず、被告会社で被告車を使用したものではなかつたこと、被告垣添は本件事故当時パートとして被告会社に週二、三回出勤していたが、本件事故当日は同被告の出勤日ではなく、これを自己の私用に使つていたものであることが認められる。

したがつて、被告会社は本件事故によつて生じた損害については賠償の責任を負わないものというべきである。

三  そこで、原告の被つた損害につき検討する。

1  治療費について

原告が本件事故当時トルコ嬢として稼働していたことについては当事者間に争いがなく、右事実に、前顕乙第五号証、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一ないし五、第四号証の一、二、第五号証、証人大島多年太郎、同山原秀の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は本件事故当日はさほど苦痛もなかつたが、その翌日の昭和五〇年二月一三日から後頭部痛、両手のしびれの症状があらわれ、同日、名古屋市南区所在の小松病院において治療を受け、同月一四日から同年三月一一日まで同区所在の大島病院に入院、同月一二日から同年五月二七日頃まで同病院に通院して治療(実治療日数約二二日)を受けたが、同病院における診断の結果は頸椎に軽い滑りがある程度で、徐々に回復に向い、あとは大した病的所見もなかつたこと、なお、当時、原告は妊娠二か月にて同年三月一八日他の病院で人工妊娠中絶術を受け(中絶を受けた理由については明らかでない)、その後みずからの不摂生のため同月二二日から約二週間産婦人科病院に入院し、右退院後の同年六月頃から三週間程度従前の勤務先にトルコ嬢として稼働したことがあつたが、いまだ頭痛、頭重感、肩こり、頸部痛、腰痛の症状があつて、右勤務をやめ、同年六月一二日から昭和五一年七月二六日まで同市中区所在の前津神経科診療所において通院治療(実治療日数一五九日)を受けたこと、そして、右大島病院での治療費として八万九四一一円、前津神経科診療所での治療費として八九万二七五〇円を要したが、原告は大島病院における治療についても感冒、日光性アレルギー、心臓神経症等本件事故とは直接関係のない症状についても治療を受けていること、なお原告の受けた傷害はいわゆるむち打ち症状であるが、原告自身の性格も原因して本件事故による損害の回復がおくれていること。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば前記認定の治療費中原告の大島病院における分についてはその七割、前津神経外科診療所における分についてはその六割程度が本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当であるから、内五九万八二三七円が原告の被つた損害額ということになる。

2  入院雑費について

原告が本件事故のため二六日間入院したことは前記のとおりであり、入院雑費として一日当り五〇〇円を要することは経験則上これを認めることができるから、原告の被つた損害額は一万三〇〇〇円となる。

3  休業損害について

原告が本件事故当時トルコ嬢として稼働していたことは前記のとおりであり、原告本人尋問の結果によると、原告は当時トルコ嬢として一か月約二二日稼働して相当高額の収入をあげていたこと、そして、右収入の多くはスペシヤルサービスと称する売春行為による対価であることが窺われるところであるが、元来、右は公序良俗に反する行為であつて、これをそのまま原告の喪つた休業損害として認めることはできないが、前掲乙第五号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和二二年一一月一九日生れで本件事故当時二七歳であり、普通の女子労働者として稼働する能力も意思をも有していたことが認められるところ、当裁判所に顕著な賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表によると、同年齢女子労働者学歴計の一か月平均賃金は一一万八九六六円であり、原告は少なくとも右程度の労働能力を有していたものと認むべきである。しかして、前記認定の原告の受けた傷害の程度、治療の経過に照らすと、原告主張の休業期間一三か月半のうちその労働能力喪失の程度は、当初の一か月間が一〇〇パーセント、その後の二か月間が五〇パーセント、その後の一〇か月半が二〇パーセントと認めるのが相当であるから、これをもとに原告の休業損害を算定すると四八万七七六〇円となり、原告は同額の損害を被つたものというべきである。

4  慰藉料について

本件事故の態様、原告の受けた傷害の部位、程度、治療の経過、原告の年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告が本件事故に被つた精神的苦痛を慰藉するものとしては、七〇万円と認めるのが相当である。

四  よつて、原告の本訴請求は、被告垣添に対し金一七九万八九九七円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五〇年二月一三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余の同被告に対する請求並びに被告会社に対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白川芳澄)

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